事例集

2023.04.18 06:00

介護記録ソフトの導入で介護記録時間が3分の1に低減 利用者サービスへ注力 欣寿会(山梨県)

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業務の効率化が後回しになりがちがちな高齢者福祉施設で、ICTを積極導入して成果を挙げている福祉法人がある。秘訣はどこにあるのか。きっかけや導入方法などを聞いた。

富士山の麓で職員150人が高齢者福祉サービスを提供

社会福祉法人欣寿会は富士急行線「富士山駅」から車で約5分の特別養護老人ホーム「芙蓉荘」に本部がある。駐車場に立つと、空気が澄んでいるのを感じた。にこやかに迎えてくれたのは堀内欣一郎理事長(59歳)と、井上勧経営企画室部長(55歳)だ。

同法人は芙蓉荘のほかに、「おりひめ」「しののめ」「よってかっせ」の4施設を運営しており、入居者は合計で約100人、送迎付きのデイサービスを含めると1日にのべ170人が出入りしている。利用者の年齢は70代から最高齢は108歳まで。女性が7割で近隣の利用者が多い。これに対し、19歳から78歳まで約150人の職員がチームを組み、早番・遅番・夜勤などの1ヶ月ごとに作成される勤務表に従って業務にあたっている。

堀内欣一郎理事長(右)と井上勧経営企画室部長(左)

堀内欣一郎理事長(右)と井上勧経営企画室部長(左)

介護の業務をしていると「現場記録3点セット」が後回しに

職員には毎日の当番制でチームのリーダーが回ってくる。リーダーになると、その日の業務日誌、利用者個人ごとの記録、次のシフトの人への申し送りノートという「現場記録の3点セット」を手書きで記入しなくてはならなかった。

それぞれに所定の様式があるのでコピーはできず、同じ内容を3回書く必要がある。職員によって書き方の基準が異なり、毎日の記入量も一定ではない。利用者の体調が悪ければ個人記録に書くことが増える。日誌には放っておいたら事故やけがにつながる「ヒヤリハット」などの事象があれば、その報告も書かなくてはならない。

3点セットは次の当番のためにその日のうちに記入して所定の場所に置いておかなければならないので、自宅に持ち帰るわけにはいかない。職員の勤務時間は1日8時間だが、午後6時までの就業時間内に記入が終わらず、午後7時、8時近くまで残って作業をすることも珍しくなかった。

「昔からの慣行ですが、当番の人は事務作業に忙殺されて現場の介護の仕事ができない。介護をしに来ているのか、記録を書きに来ているのかわからなかった」と井上部長。「本来なら介護職員は利用者に寄り添うことが基本なのに、離れた机で書き込みをしているうちにアッと気がついたら利用者さんが転倒しかけていることも多々あった」という。

ソフト導入前の状況を説明する井上部長

ソフト導入前の状況を説明する井上部長

介護記録ソフトの導入を提案、あっさりと許可が下りる

経営改善の責任者を務める井上部長は2016年の秋頃から「介護の仕事だけでもたいへんなのに事務仕事もある状態をなんとかしたい」と考えていた。勉強会などに参加して他施設と情報交換をしたり、システム支援会社に話を聞いたりする中で、介護記録ソフトを使って記録を電子化すれば業務を効率化できると確信した井上部長は「うちも導入しましょう」と堀内理事長に提案した。

関連機器をリースで導入すると法人全体で約3000万円かかるという。話を聞いた堀内理事長は難色を示すどころか、二つ返事でOKした。「正直、高いなぁと感じましたが、時代の流れだと思っていたし、時間外手当などの諸経費を考えればシステムを導入しても相殺効果が得られるだろうと考えた」と振り返る。経営トップが柔軟な考えの持ち主だったことが、業務効率化の第一歩になった。

ソフト導入はパソコンに詳しい人材がいる施設を先行して、段階的に進め、勉強会も実施

2017年秋から導入を始めたが、その手順も工夫した。4施設のうち、比較的規模が小さい「おりひめ」から徐々に導入することにしたのだ。「おりひめに記録の電子化に前向きでパソコンに詳しい職員がいた。その職員に推進役を担ってもらい、少しずつ導入していこうと考えた」と井上部長。主任クラス向けにソフト会社のシステムエンジニアを招いた説明会や勉強会を開き、パソコンに慣れていない職員へ使い方を広げていった。

他の施設で導入に時間がかかった原因を分析し、段取りを修正していった結果、おりひめでは職員がソフトの操作に慣れるまで1年を要したが、最後の芙蓉荘では2~3ヶ月で済んだ。井上部長はソフト移行期中の現場の職員から「しっかりと指導してもらえたので、紙に書く記録と電子記録を同時に行う移行期間を短くして、来月から予定を前倒しして電子記録の入力だけで大丈夫です」と要望されたという。ICTに詳しい人材を核にして徐々に広げていったことがICT導入の成功ポイントのようだ。

介護記録ソフトのパソコン画面

介護記録ソフトのパソコン画面

介護記録時間が3分の1に低減、空いた時間を利用者サービスへ向ける

導入開始から2年、2019年には法人全体に介護記録ソフトの導入が完了した。それまで3ヶ所に手書きしなくてはならなかったものが、パソコンのソフトに1回入力するだけでよくなった。書式が決まっているので内容にばらつきがなくなり、質も向上した。データは蓄積され、日誌がプリンターから出てくる。個人の記録も同様だ。3回同じものを書いていたのが1回だけで済むので、記録時間は3分の1以下になった。

ノートパソコンに加え、リースでデスクトップパソコンを約20台、iPadを11台、新規導入した。介護職員はiPadを携帯して介護をしながら記入できる。入力は毎回のことなので、やればやるほど慣れてくる。空いた時間を本来の利用者サービスに向けられる。残業をする人は基本的にいない。利用者の体調が急変するなどよほどのことがなければ、シフトが終われば自分の仕事がぴたっと終わる。時間に追われることがなくなり職員の表情も穏やかになった。

記録データの内容を確認する

記録データの内容を確認する

「紙ゼロ」が最終目標、蓄積データの分析で事故対策も

現場記録の電子化が達成できたので、次の課題は職員の労務管理だ。「勤怠管理はいまだに紙のタイムカードだし、それを担当部署が手作業で転記する手間がある。2023年4月に始まる新年度に向けていま導入機器を選定しているところ」と井上部長。夏くらいから少しずつ導入して、2024年度中には全施設に整備する計画だ。

井上部長はさらに「経理システム、人事システムも電子化して作業効率を上げていきたい。現状はシフト管理や、時間外手当の申請、有給取得も紙で手作業なので、どうしても時間がかかってしまう。最終的には紙をゼロにしたい」と話す。気をつけているのは導入したシステムがそれぞれ連携できるかどうかで「互換性のあるソフトを入れて無駄のない整備をしたい」と、システム支援会社に導入計画を示し、段階的に導入していく方針だ。

井上部長は「記録作業の効率化だけでなく、蓄積されたデータをもとに、事故なら、いつ、誰が、どういう状態で発生したのかを集計できる。感染状況も同じです。データを分析すれば次の対策にも活用できる」とデジタル化の効能を語る。かつて法人内の事故防止委員会では、会議前に膨大な紙ベースの過去事例を出力して資料にしていたが、「今はパソコンをつないでソフトを立ち上げ、集計機能画面を見ればパッとわかる」と、蓄積データの活用を始めているようだ。

「地域に笑顔を 働く人に欣(よろこ)びを」と将来ビジョンを語る堀内理事長

「地域に笑顔を 働く人に欣(よろこ)びを」と将来ビジョンを語る堀内理事長

デジタル化を武器に地域の福祉サービス全般を提供したい

堀内理事長は一般の事業会社経験を経て30歳で両親が始めた同法人に入職した。「まだまだこの地域には施設が必要だ。将来は施設をもっと増やし、訪問介護や看護などの在宅サービスにも力を入れ、地域の福祉サービス全般を提供する福祉法人に成長したい」と話す。地域で福祉に関わる中で、80代の親と障害を抱える50代の子供がいる「8050問題」など高齢者介護以外の事例を見聞きしてきたし、将来的には障害者支援にも注力したいと考えているからだ。

「施設内で介護するだけでなく在宅までの福祉サービスを幅広く提供し、一気通貫でご家族の生活を支えたい。そのためのツールとしてデジタル化による業務効率化は不可欠」とみている。一番うれしいのは「利用者にありがとうと言われる時です」と話した。

事業概要

法人名

社会福祉法人欣寿会

住所

山梨県富士吉田市松山1613

電話

055-522-5524

HP

https://snhfuyoso.com/

設立

1993年

従業員数

約150人

事業内容

特別養護老人ホーム、地域密着型特別養護老人ホーム、短期入所生活介護事務所、デイサービスセンター、居宅介護支援事業所、地域包括支援センター、訪問介護事業所、小規模多機能型居宅介護事業所など

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