事例集

2022.10.04 06:00

IoTやICTで酪農DX。規模拡大と6次産業化も成し遂げ、劇的に経営効率化 ファーマーズホールディングス(岡山県)

IoTやICTで酪農DX。規模拡大と6次産業化も成し遂げ、劇的に経営効率化 ファーマーズホールディングス(岡山県)
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ファーマーズホールディングス株式会社は2017年9月、三重県発祥の酪農会社と広島県の酪農会社、福岡県の飼料会社の経営者が意気統合し、事業規模拡大や6次産業化による経営効率化を目指して立ち上がった。IoTやICTの推進による省力化・効率化の進展は目覚ましく、小規模酪農家の廃業が続くなか、2022年夏時点で乳牛2000頭規模、同年秋に乳牛3000頭規模に拡大。ロシアのウクライナ侵攻などによる飼料代の高騰という逆境を乗り越え、酪農の6次産業化の先頭を走っている。(TOP写真:あのつ牧場 津本場 フリーストール牛舎)

牛の状態が一目でわかるモニターを前に談笑する太田誠治代表取締役CEOと丁場康博取締役COO

牛の状態が一目でわかるモニターを前に談笑する太田誠治代表取締役CEOと丁場康博取締役COO

センサーによる乳牛管理システムを導入

ファーマーズホールディングスの先進性を示すのが乳牛をデータで管理するシステムだ。 乳牛の首にセンサーを取り付けるだけで、牛の健康管理や搾乳中かどうか、立っているか寝ているかといった把握だけでなく、発情状態か妊娠中かまで感知してデータ化。データをクラウド上に集積し、いつでもどこからでも、どの牧場のどの区画にいる乳牛がどのような状態にあるかを把握できるようになり、「人手が劇的に減った」(太田誠治代表取締役CEO)。

ちよだ牧場自動給餌の様子=自動的に流れてくるエサを食べる牛の首にはセンサーが取り付けられ、発情しているかどうかまで把握できる

ちよだ牧場自動給餌の様子=自動的に流れてくるエサを食べる牛の首にはセンサーが取り付けられ、発情しているかどうかまで把握できる

「注意牛」や「疾病傾向」の頭数までもが表示され、何を準備すべきかが一目瞭然となるモニター画面

「注意牛」や「疾病傾向」の頭数までもが表示され、何を準備すべきかが一目瞭然となるモニター画面

乳牛の健康管理は大変、夫婦で40頭の飼育が限界頭数

日本の酪農業の多くは夫婦を中心とした家族経営によって営まれてきた。乳牛の健康管理は大変で、目視で健康状態を管理し、1頭1頭の体温を測るといった作業が365日欠かせない。そのため北海道以外の酪農業の平均飼育頭数は40頭にとどまってきた。
知人に手伝ってもらうにしても、週休2日は約束できず、勤務時間も不規則。大規模化を目指す酪農家は少なく、規模が小さいことから経営の効率化に至らず、厳しい経営が続き、酪農地帯ではない中四国や東海などでは毎年5%の割合で酪農家が減ってきた。

このままでは西日本の酪農が消える。「酪農を産業化する!」 3人の意気投合

ファーマーズホールディングスの太田CEOと、丁場康博取締役COO、吉田勝行取締役CTOの3人は6年ほど前、ベトナムやオーストラリア出張中に出会い、酪農業の規模拡大、6次産業化の必要性について意気投合した。
太田CEOは三重県の酪農家に生まれ、サラリーマン生活を4年経験した後に家業に飛び込んだ。その非効率性に「一時は廃業も考えた」というが、200頭規模の牧場を手に入れるチャンスが訪れ、規模拡大と産業化を図ってきた。
丁場COOは広島県で400頭規模の酪農業会社を営んでいたが、多くの人手を外部から借りていた。吉田CTOはたい肥や飼料の製造・輸入販売会社を営んでいたが、事業革新の必要性を感じていた。
そして、3者には危機感が共通していた。
「大規模化による産業化、効率化をしなければ酪農業は生き残れない」
「毎年5%ずつ廃業していくと、地産地消が原則の生乳が西日本などで供給できなくなる」

失敗の連続、諦めないチャレンジ精神で進めた産業化

40頭の家業を引き継いだ太田CEOはただやみくもに規模を拡大させたのではない。当時一般的だった「つなぎ飼い」の牛舎から牛舎内を歩き回れる「フリーストール牛舎」を導入するなど、先進的な取り組みを次々に推し進めた。
「環境にも牛にもやさしい」として始めたのが、「コンポストバーン牛舎」。牛糞を発酵させてたい肥化させた後、牛舎内に1メートルほど積み上げる。すると、やわらかいたい肥が牛の体への負担を和らげ、牛の乳房炎が減少するという。
また、建物の中で飼育する閉鎖型牛舎では、たい肥の攪拌や餌やりなどの作業を自動化させるとともに、牛舎内の空気が一方向に流れるように設計して温度を一定化させたうえ、臭いもとどまらないようにした。
ただ、試行錯誤は多い。餌やりの自動化ではベルトコンベア方式を採用したが、これまでの手法と違ったため、牛がベルトの上に乗ってベルトの動きを止めてしまったり、ベルトが外れたりといったトラブルが頻発した。
それでも、太田CEOは「軌道修正しながら作っていくのは大変だが、経営の効率化は今まで誰もやっていないことにチャレンジすることが大切」と前傾姿勢を崩さない。

「経営効率化にはチャレンジが必要」と話す太田CEO

「経営効率化にはチャレンジが必要」と話す太田CEO

チェーンストア理論で、「誰でもできる酪農」に

事業規模が拡大するなか、意思疎通に役立ったのが、クラウド型のビジネスチャットツールだ。牧場ごとや課ごとにグループをつくり、リアルタイムで情報を共有できるようになった。
「搾乳作業終了」といったルーティーンの報告や餌の発注だけでなく、牛のトラブル対応にも活用。従業員はスマートフォンを手に、体調を崩した牛の写真をアップし「獣医を呼んで治療した」などと報告する。
チェーンストア経営に携わった経験のある丁場COOは「牧場はチェーンの店舗と同じ」と指摘する。飼料の設計や発注などは本部で行い、牧場はマニュアルに従って対応する。きちんとした対応ができているかは担当ディレクターがチェックし、本部はチャットツールによる報告や乳牛管理システムのデータで対応をチェックできる。
これにより、「酪農の仕事が誰でもできる仕事になった」(太田CEO)。結果、「365日、24時間対応が必要」な酪農から、「ちゃんと休みを取って、残業代も払える一般的な働き方」の酪農へと切り替えることができた。ただし、命を預かる仕事なので、牛の異常を知らせる信号が入ると、昼でも夜でも駆け付ける必要があるが、24時間常に神経をとがらさないといけない状態から解放されることは、今までとは全く違う。

酪農の経営にチェーンストア理論を持ち込んだ丁場COO

酪農の経営にチェーンストア理論を持ち込んだ丁場COO

飼料代が劇的に減少

酪農業の省力化、働き方改革を進める一方で、3社が連携したことで劇的なコスト削減効果が生まれた。食品残さなどを活用して製造される飼料「エコフィード」を有効活用することができたからだ。
乳牛40頭程度の家族経営の酪農家の場合、経費に占める飼料代は50%に上る。400頭規模だった丁場COOの牧場でも45%ほどが飼料代に消えていたが、ホールディングス化によって40フィートコンテナによる直接輸入が可能になった。国内のビール工場や焼酎工場、豆腐工場の残さをすべて押さえることもでき、飼料代が占める割合は30%程度にまで低減した。

飼料代高騰で、小規模酪農が生き残りにくい時代に

ただ、ロシアのウクライナ侵攻で事態は一変。エネルギー価格の高騰やドル高でトウモロコシや牧草といった飼料代は倍程度に値上がりした。小規模酪農家のコストに占める飼料代は、ぎりぎり経営できる50%から70%になり、赤字経営が強いられている。
ファーマーズホールディングスでも30%から45%に高まってぎりぎりの状態に近づいているそうだ。

「おなかにやさしい牛乳」を国内で初めて商品化

大規模化、6次産業化によって可能になったことは多い。その一つが、「おなかにやさしい牛乳」の国内初商品化だ。日本には腹をゴロゴロさせがちなA1ミルクを出す乳牛が多いが、一部にはA2ミルク※を出す乳牛もいる。
※ミルクに含まれているタンパク質、β-カゼインにはお腹が不調になりやすいA1タイプのと、不調になりにくいA2タイプがあると言われている。β-カゼイン、A2タイプが入っているのがA2ミルクだ。
ファーマーズホールディングスでは、A2ミルクタイプの乳牛を見極めて飼育することで、A2ミルクのみの牛乳の製品化に成功。今はまだ始まったばかりのため高値だが、太田CEOは「A2ミルクの製造販売を拡大させ、市場認知度の向上に努めたい」と話し、将来的には一般的な牛乳の1.5倍程度にまで値下げして市場に投入したい考えだ。

牛乳が苦手な人にも飲みやすい「おなかにやさしい牛乳」

牛乳が苦手な人にも飲みやすい「おなかにやさしい牛乳」

乳牛を再肥育して販売、輸入牛肉に対抗できる価格に

搾乳を終えた乳牛の肉の販売も、大規模化、6次産業化による成功例だ。小規模酪農家の場合、役目を終えた乳牛の肉はミンチやドッグフード用として低価格で引き取られるが、ファーマーズホールディングスでは役目を終えた乳牛を再肥育して精肉とし、さらに付加価値としてエイジング加工(熟成肉へ加工)をすることにより、おいしい「国産牛」として質・量ともに安定的に流通させることが可能になった

本部事務局開設に合わせ、ICT導入

劇的な規模拡大、事業の多角化によって、本社業務は急激に拡大している。2019年に開設した岡山県倉敷市の本部事務局では、導入するICTからオフィスデザインまで一括して変更した。クラウド上でデータを管理・共有するストレージサービスでは、セキュリティやBCP(事業継続計画)対策が格段に向上したうえ、新型コロナウイルス禍でテレワークを強いられても「まったく障害がなかった」(丁場COO)。

増床しても高い機能性を維持している岡山県倉敷市の本部事務局のオフィス

増床しても高い機能性を維持している岡山県倉敷市の本部事務局のオフィス

ホームページも社員が手軽に更新、求人情報には即日反応

ホームページも自社で手軽に操作ができるベンダーのソフトを導入し、新規ページ作成や求人情報の掲載、更新を社員が日常の業務として行えるように。
「経理など一般的な職種の募集だと自社サイトから即日メールが入るほど反応がいい」(総務部人事担当者)といい、グループ会社でも導入した。
IWB(インタラクティブ・ホワイトボード)と呼ばれる大型のタッチパネル式電子黒板も導入し、会議の効率化につながった。また、本部事務局開設当時5、6人だった社員が40人になった今も、増床するなどして快適に使えている。

打ち合わせ時にも活用されているIWB

打ち合わせ時にも活用されているIWB

SDGsをホームページなどでアピール

ホームページ作成ソフトを刷新すると同時にアピールし始めたのが、SDGs。グループ会社の社長には女性が多いうえ、食品残さを活用したエコフィードの使用や牛糞のたい肥化、乳牛の食肉加工、IoTによる人手不足の解消など、持続性を高める活動を意識せずにたくさん行っていることに気づいての取り組みだ。
ホームページにはSDGs達成への貢献を目指す「SDGs宣言」をアップ。会社の入り口にはSDGsのパネルを掲げ、その取り組みをアピールして、社員の意識改革にもつなげている。

本部事務局の入口に掲げられたSDGsのパネル

本部事務局の入口に掲げられたSDGsのパネル

日本の酪農業に欠かせないノウハウ

飼料代が高騰するなか、酪農業の廃業率は「これまでの年率5%から10%に高まる」との見方があり、酪農業の大規模化、経営効率化は欠かせない。
太田CEOは「これからもIoT、ICTを活用した酪農の効率化、大規模化を進めて上場を目指したい」と意気込む一方で、「廃業する酪農家を少しでも減らすべく、小規模酪農家を支援できたら」とも話している。IoTやICTによる省力化、効率化ノウハウは日本の酪農業を救う鍵となりそうだ。

事業概要

会社名

ファーマーズホールディングス株式会社

本社

広島県府中市上下町小塚297番地1

電話

086-454-6500

設立

2017年9月

従業員数

211人

事業内容

農畜産物や飼料、肥料の販売や農畜産業の企画、設計及びコンサルタント、農畜産業用機械、器具の販売及び賃貸業など

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