事例集

2022.09.06 06:00

3Dプリンターで顧客対応の品質とスピードが向上した 創業100年の老舗が開発現場から挑む変革 阪神ホールディングス(富山県)

3Dプリンターで顧客対応の品質とスピードが向上した 創業100年の老舗が開発現場から挑む変革 阪神ホールディングス(富山県)
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1920年に富山市でガラス瓶を作る工場として操業を始めてから102年。医薬品向けのプラスチック容器で全国2位のシェアを持つまでに至った阪神グループには、歴代の社長がよく口にして来たひとつの言葉があるという。阪神ホールディングス執行役員開発本部本部長の清水信夫氏によれば、それは「『はい、喜んで』という言葉」だという。

『はい、喜んで』の精神で成長を続ける

設立から2017年までの成長の軌跡(阪神グループのホームページより抜粋)

設立から2017年までの成長の軌跡(阪神グループのホームページより抜粋)

顧客が求めることを嫌がらず、親身になって一緒に考え、問題を乗り越えて来たことが信頼につながり、グループ全体で240億円(2017年度)もの売上を上げる企業へと成長した。1990年代に容器の製造と内容液の充填を同時に行うBFS(成形同時充填システム)に乗り出したのも、海外の先端技術状況を常に調査し、顧客の状況を把握し、そこに顧客ニーズがあると判断したからだ。

プラスチック容器を成形しつつ薬剤を充填するBFSには、高い安全性が求められる。容器販売の阪神容器と製造を担う阪神化成を両輪にして医薬品メーカーや化粧品メーカーの要望に応えてきた阪神グループでも、無菌状態を保ったまま製造ラインを動かすBFSの導入には高度な知識や技術が必要だったが、「それまでの事業だけでは経営が難しくなるという判断があって当時のトップが参入に踏み切りました」(清水本部長)。

執行役員開発本部本部長の清水信夫氏

執行役員開発本部本部長の清水信夫氏

失敗すれば大きな損失を被る。それでも必要があるなら挑戦する。従業員たちを信頼して、開発へのモチベーションを高めたことも成功につながった。現在、グループ内のファーマパックが最先端のBFSを使った医薬品の受託製造を行っている。

3Dプリンター稼働。サイズ、デザイン、使用感をスピーディーに確認できる

顧客のためというポリシーと、守るべきかチャレンジするかといった時に果敢にチャレンジしていくスピリットは、阪神グループの隅々にまで行き渡って、社員の行動の原動力となっている。その動きが開発の現場に現れたのが、3Dプリンターを導入して始めたスピーディーなサンプル作成だ。

目薬を入れるような透明のプラスチック容器とともに、阪神ホールディングス商品企画部の伊藤勝部長が取り出したのが、複数の白いキャップ。3Dプリンターで作られていて、「実際にキャップとして使えるのかを試すことができます」。ここで重要なのは、こうしたキャップがCAD(コンピュータ支援設計)ソフトのデータを元にして、数時間で作られたものだということだ。「従来のように金型を作って成形していたら、何ヶ月もかかっていました」

容器のキャップを3Dプリンターで試作した例

容器のキャップを3Dプリンターで試作した例

外部機関に作成を依頼した場合、数週間はかかっていたサンプルの作成が、自前の3Dプリンターを使えば日中なり夜間のうちに自動的に行える。そうしてできたサンプルを見れば、サイズやデザインに不具合がないかをその場で確かめられる。触れることもできるため、使用感も確認できる。

 商品企画部部長の伊藤勝氏

商品企画部部長の伊藤勝氏

「外部のお客様にサンプルを見てもらえるというのも大きいですね」と清水本部長。「平面の図面からでは、どういう形状になるのかイメージするために、想像力を働かせなくてはなりませんでした。これなら分かりやすいとお客様に好評です」(清水本部長)。売り込みに行って、顧客から希望などを引き出す際にも、実際にものがあると便利だという。「ここがこうなっていた方がいい、こうして欲しいといったアイデアをどんどんと話してくれるようになります」(伊藤部長)。

3Dプリンターを使った試作品の容器

3Dプリンターを使った試作品の容器

3Dプリンター導入効果、まずはコストの削減が大きかった

顧客とのやりとりや、社内での検討を通じて要望や問題点が浮かび上がれば、即座にCADデータを修正し、3Dプリンターで改良版のサンプルを作り出せるようになった。こうした環境が整ったことで期待できる効果について、清水本部長はまず「コストの削減ですね」と指摘する。「改良のたびに金型を作らなくても良くなりますから」。ひとつ金型を作れば数十万円はかかっていた費用を、3Dプリンターを使うことで大きく削減ができるというわけだ。

レスポンスが早くなるため開発の期間も削減できそうだが、清水本部長は「医薬品は安全性や有効性の評価の他に医療に従事する皆さまや患者様の使いやすい容器の開発に時間とコストをかけることも必要となります。この容器の開発部分の時間とコストを少しでも削減できることにより患者様に早くお薬を届くことにつながると思います」と話す。

これからの製品開発体制のカギを握る3Dプリンター

取引先が増えてくれば開発に関するノウハウも蓄積されて、他への応用も可能になってくる。「だから今は、経験を積み重ねていくことが重要だと考えています」。医薬品の開発期間についても、最近は短くなる傾向にある。新型コロナウイルス感染症のワクチンは最先端の技術を使って従来では考えられないスピードで開発され、世界中に行き渡った。「そういった時代に対応できる製品開発体制を作る上でも、3Dプリンターは鍵になります」と胸を張る。

 開発本部に置かれた3Dプリンター

開発本部に置かれた3Dプリンター

3Dプリンターが入った時、開発セクションでは「最初に誰から使おうかといった話でもちきりでした」というくらい、期待感で盛り上がったことを商品開発部部長の熊本幹男氏は明かす。今は「午前中に誰かが使ったら、午後に誰、夜は誰といった感じで取り合いになっています」。商品開発だけでなく、グループ内で必要なパーツを作って欲しいとの要望も入るとのこと。稼働時間が増えてくれば「もう1台といった要望も出てくるでしょう」(熊本部長)と予想する。

3Dプリンターでは社内からの依頼でパーツを作成していた

3Dプリンターでは社内からの依頼でパーツを作成していた

3Dプリンターの品質が向上したことを確認して導入を決定した

実は、阪神ホールディングスでは以前にも3Dプリンターを導入しようとしたことがあったという。「当時はまだ精度が低く、ドットのギザギザが出てしまったので見送りました」と清水本部長は振り返る。時間が経って性能が上がり、顧客のニーズに応えたいという意識も高まったことから、社内に横断的な組織を作って熊本部長や伊藤部長、そして補助金の活用なども考慮してグループ統括本部総務部部長兼人事部部長の上田祐輔氏らをメンバーとしたプロジェクトチームを結成。効果を調べ、必要性をアピールして導入を実現した。

縦割りの組織を越えてプロジェクトを組んで新しいことに挑戦していく

「古い会社なので、組織が縦割りになっているところがありました。そこを崩すようなプロジェクトを立ち上げて、改革に乗り出しています」と清水本部長。風通しを良くした中から、他にもいろいろなアイデアが浮上してきている。

一例が、製造工程のICT化だ。「プラスチック容器を製造しているメーカーですから、工場内に幾つも成形機があるのですが、それぞれが持っている情報を、一元的に管理することはできないかと考えています」(熊本部長)。

商品開発部部長の熊本幹男氏

商品開発部部長の熊本幹男氏

稼働時の温度や圧力といった情報を一台の成形機が個別に記録するのではなく、まとめて吸い上げるようにしておけば、機械が止まってしまった時の対応や、製品に異常が出た時の対応にそうした情報を活用できる。ただ「機種がバラバラで、古いものもあればセンサーがないものもあって、接続しても共通するようなデータを集めることができません」(熊本部長)。そこを改良したとしても、「データを解析する技術を持っていないため、たとえ集めたとしても十分には使いこなせません」(清水本部長)。そうした壁を一つひとつ乗り越えるために、最適なソリューションは何かを探していくという。

阪神ホールディングス本社屋の奥で阪神化成の工場が操業している

阪神ホールディングス本社屋の奥で阪神化成の工場が操業している

『はい、喜んで』の風土が、新しいことへの積極的な取り組みを生んでいる

過去のデータのデジタル化、そしてデータベース化も進めたいところ。「改良を重ねてきた図面をデジタル上で管理して閲覧できるようにすれば、開発にも大いに役立ちますから」(伊藤部長)。現場から生まれたアイデアや、現場が進める取り組みが会社のためになり、顧客のためになるならやってみようという風土がこのプロジェクトでも大いに発揮されている。

取材時、3Dプリンターを導入して2ヶ月も経っていなかったのに当初からフル稼働、他部署からの依頼も相次ぎ社内で注目されている。会社にはデジタルに対するアレルギーが全くない。それどころか新しいことへの好奇心や前向きに取り組む姿勢に満ちている。

「ただデジタル化には一定の標準化が必要です。ひとつの物差しを決めて、それに沿って進めていくことで情報の共有化が可能になり、誰でも使えるものになります」と清水本部長。

自由に取り組んでもらう一方で、会社の事業として良い結果が出せる仕組みもICTの導入には欠かせない。阪神グループがICTでも着々と成果を上げているのも、100年の歴史を誇りつつガラス瓶の製造から医療用プラスチック容器の販売や製造、そしてBFSへの参入といった大転換を幾度もやり遂げてきた実績が、裏打ちしている。

阪神グループが入っている阪神ホールディングス本社ビル

阪神グループが入っている阪神ホールディングス本社ビル

事業概要

会社名

阪神ホールディングス

本社

富山県富山市小中163番地

電話

076-429-1111

設立

2012年2月

従業員数

35人(グループ従業員:831人)

事業内容

阪神グループ(阪神容器、阪神化成、ファーマパック、北陸硝子、阪神ホールディングス、阪神リサイクル)に属する会社の統括、業務支援

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