事例集

2022.08.08 06:00

「心の支援」の時間を生み出し、介護の質を高めるためのICT活用を実践 加治川の里(新潟県)

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新潟県新発田市に本社を置く株式会社加治川の里は2004年創業、翌2005年に老人介護事業をスタートした。当時は介護業界が始まったばかりということもあり、全国で高齢者施設の建設ラッシュが起こっていた。同社も、現在は新発田、村上、阿賀野、聖籠にグループホーム、デイサービスセンター、介護付有料老人ホームなど7施設を運営し、従業員200人超を抱えるほどに成長した。

しかし、状況は変化しつつある。今後高齢者の数は団塊の世代をピークに減少に転じていくことは明らかであり、地方都市においてはすでに施設の数も足りつつあるという。そんな状況を見据え、岩村社長は「これからは拠点拡大より、施設の質を上げていかねばなりません。そのためには職員が働く環境も大きく変えていく必要があります」と、危機感をあらわにする。これまで利用者の「身体的な支援」に要していた時間を、「心の支援」により多く注ぎたい。その鍵となったのが、ICTを活用した実践的な取り組みだった。

おだやかに微笑む利用者と職員

おだやかに微笑む利用者と職員

Wi-Fiとタブレット導入で、いつでもどこでもケア記録がつけられる

バイタル測定を利用者のそばで行い、タブレットに直接入力。パソコンに転記する作業が不要となった

バイタル測定を利用者のそばで行い、タブレットに直接入力。パソコンに転記する作業が不要となった

「老人ホームは24時間対応ですのでケア記録をつける時間を捻出しにくい環境です。そのため合間にメモをとって、後でパソコンに入力するという作業をしていました」と語るのは介護付有料老人ホーム「ウェルハート加治川の里」施設長の吉田健さん。デイサービスと違って老人ホームは24時間対応、しかも利用者の状態次第のため時間が読みにくい。そんな状況下で食事、入浴、排泄、日中活動、バイタル記録などほぼ全てのケア記録を個別につけなくてはならない。手書きによる入力がパソコンへの入力に変わってもメモをとる作業は変わらず、ケア記録の入力は負担の大きい作業となっていた。

ところが、そんな状況を激変させたのがWi-Fiとタブレットの導入だった。「それまでは事務室に行かないと入力作業ができませんでしたが、全館にWi-Fiを設置してタブレットを導入したことで、利用者さんのそばにいながらバイタルや活動記録を即時に入力できるようになり、メモを取って後で入力する手間がなくなりました。記録時間の短縮にもつながっています」と吉田施設長は効果を実感している。

Google翻訳機能で外国人職員とのコミュニケーションもより円滑になった

さらに、タブレットのもう一つのメリットとしてあげられるのは、施設で働く外国人職員とタブレットの翻訳機能を介してコミュニケーションが取れる点だ。彼らは来日すると日本語を学ぶ学校に1年間通い、さらに介護職の専門学校を経て介護施設にやってくるため、スタッフ同士での基本的なコミュニケーションに大きな問題はないものの、タブレットを使ったGoogle翻訳機能が活躍する場面もあるという。
「多少の誤差はあるようですが、難しい日本語を翻訳できる点は便利ですね。また、新しく入ってきた外国人のスタッフが、とりかかりとして翻訳機能を利用して覚えていくということもできています。その辺りは優れたツールだと思います」と話す吉田施設長。加治川の里にはベトナム人、モンゴル人のスタッフが在籍しているが、Google翻訳機能は多言語対応をしており、彼らとの会話に不自由は感じないという。

データ集計機能を活用すれば必要とされるサービスが見えてくる

データ集計機能を活用し、分析と考察に要する時間も捻出できるようになった

データ集計機能を活用し、分析と考察に要する時間も捻出できるようになった

介護付有料老人ホーム「ウェルハート加治川の里」は定員が最も多く、同社の基幹施設である。そのため10年前の2012年に、より効率的な業務を実現するべく介護ソフトも刷新した。その効果は管理業務にとどまらず、より質の高いサービスの提供にもつながっているようだ。

タブレットに入力した介護記録のデータは介護記録ソフト上で反映・集計され、各種帳票の作成や請求業務にも連動する。この介護ソフトは事前チェック機能も充実しており、入力ミスが回避されることも業務効率の向上につながっているという。
そして、ここからがデータ活用の出番だ。介護記録は利用者の基礎的な情報であり、その推移を分析することでさまざまなことが予想できると吉田施設長は語る。
「このソフトはデータ集計機能が充実しています。平均年齢、要介護度別の人数、月ごとの事故件数などといった情報が月別、年別にグラフ形式で自動生成されるので、数年前との比較も容易です。以前は手計算でしたから、その作業だけで疲れてしまいましたが、今は分析する時間が十分に捻出できます」
こうしたデータからは、客層の推移だけでなく地域状況の変化も見てとれる。そのため、地域で必要とされるサービスが把握でき、次の手を打つことにもつながっているそうだ。

夜勤職員の負担が激減、見守りシステムが夜間対応を大きく変えた

利用者ごとにベッドセンサーを備え、必要な介助を確実に提供。職員の労力も軽減した

利用者ごとにベッドセンサーを備え、必要な介助を確実に提供。職員の労力も軽減した

加治川の里では、職員の身体的な負担を軽減させる取り組みも進めている。
高齢者は深夜にトイレへ複数回行くことが多いため、4人で80人の利用者をケアする夜勤職員は日中より多忙を極めるという。また、中には単独での行動に危険を伴う利用者もおり、職員の介助が必須で目が離せない。結果的に、夜勤職員が利用者の巡回に追われ、身体的な負担が生じていた。そこで、導入されたのが利用者の動きを検知するベッドセンサーを備えた見守りシステムだ。ベッドセンサーは利用者の動きを検知して詰所にアラートで知らせてくれるため、無駄な出動が軽減されるという効果を発揮した。
「ベッドセンサーを導入する前に、夜間の利用者対応に要した1日あたりの歩行距離を計測したことがあるんです。そうしたら、1人あたり約10キロメートル移動したという記録が出まして……。ウェルハート加治川の里には非常に長い廊下があって、そこを巡回で行ったり来たりしているので無理もありませんが……もちろん空振りのこともありますから、夜勤職員の労力は大きいものでした」と吉田施設長は振り返る。このような身体的負担は介護職への敬遠にもつながりかねず、課題の一つだった。
「ベッドセンサーはまだ導入したばかりなので、使い方に関してはまだ試行錯誤の段階ですが、今後予算が許すようであれば血圧や体温、脈拍、呼吸などのバイタルサインが記録システムにダイレクトに反映される拡張機能が使えるようになると、データ分析にも活用できます。また、居室にカメラも設置できれば、目視でも確認できてより安心です。なによりスタッフがご利用者様の身体的な支援以外の部分に時間を割くことができれば理想的です」と吉田施設長は期待を寄せる。

心に寄り添った支援をするためにはICTの活用が鍵になる

利用者への「心の支援」を実現するには、介護職員にも心の余裕が必要と話す吉田施設長

利用者への「心の支援」を実現するには、介護職員にも心の余裕が必要と話す吉田施設長

Wi-Fiの設置に伴う、タブレットでの介護記録作業の実施やベッドセンサーの導入は、業務効率を格段に向上しただけでなく、スタッフの身体的な負担をも軽減した。そして、それによってできたスタッフの心の余裕があってこそ「心の支援」ができると吉田施設長は考えている。
「われわれ職員は利用者の皆さんを人生の大先輩として敬う気持ちを大切にしたいと思っています。だからこそ、利用者様のお話をゆっくりとお聞きしたり、一緒に何かをするといったことに時間を割きたいと願っていますが、それがすなわち『心の支援』につながっていくのです。介護の質を上げるはこうした『心の支援』が重要だと思いますが、それを支える職員の心の余裕を生むのがICTの活用だと確信しています」
職員はみな自発的に話し合いながら、ICTツールのより良い使い方を模索しているという。
こうした取り組みが仕事へのやりがいにもつながっていくことは容易に想像できる。

さらに、「ICTを活用したスマート介護が世の中に発信されていけば、『きつい』といった介護職に対する負のイメージをいずれ変えることができるのではないでしょうか」と吉田施設長は期待を寄せている。

Web事業にも着手、ポータルサイトの運営で地域貢献とのシナジー効果を目指す

故郷のため、地域活性化にも関心のある岩村正史代表取締役社長

故郷のため、地域活性化にも関心のある岩村正史代表取締役社長

「若い人に当社への関心をもってもらうには、介護事業だけをやっていても限界があると感じるのです」と話す岩村社長。そこで株式会社加治川の里は異業種進出を検討し、2018年から、フランチャイズに加入してウェブメディア事業をスタート。新発田市を中心とする地域情報ポータルサイトの運営に漕ぎ出した。自社メディアを持つ介護事業所はかなり珍しいが、その目的は介護事業の情報発信だけではなかった。
「新発田に帰郷し、故郷の衰退を目の当たりにして、なんとか地元を盛り上げられないものかと考え続けていました。そこで気がついたのは、新発田市をメインとするウェブメディアがないことでした。新潟県は広いので、県域のメディアでは新発田の情報は少ししか紹介されませんし」
地元出身で東京の大学に進学し、30代で故郷新発田に帰郷した岩村社長は、地元の衰退に対して何かできないかと模索を続けていた。そこで始めたのが地元新発田の情報ポータルサイト「まいぷれ新発田」だった。このサイトでは各事業者がマイページを持ち、ブログ記事などで情報発信をすることもできる。地域の事業者同士の交流も進み、シナジー効果が期待できると岩村社長は考えている。ちなみに、他の同業事業者を考慮し、自社メディアのカラーを強調しすぎないよう心がけているそうだ。

他社がやらないことをしたい 社内SNSで職場環境を楽しくする

岩村社長は、職員同士のコミュニケーションも重視。社内サークルも実施したいという

岩村社長は、職員同士のコミュニケーションも重視。社内サークルも実施したいという

岩村社長が強調するのは、創業者から引き継いできた社訓「感謝の気持ち」だ。その対象は利用者のみならず、職員やその家族、取引先などすべてに及び、さらに「感謝と真心を具現化する」アプリを活用した社内SNSを活用するというユニークな取り組みを行っている。

このアプリを介してスタッフ同士が「ありがとう」や「お疲れさま」などちょっとした一言を伝え合うだけでも気持ちが通い、「うれしい気持ちになる」という声も上がっているそうだ。さらにメッセージだけでなく「コイン」を送り合う機能もあり、送る人、送られた人双方にポイントがつく。そして、ポイントがたまれば商品券と交換できるという仕組みだ。
「ゲーミフィケーションといいますか、仕事やコミュニケーションを面白くしたいと思っているので。他社のやっていないことはなんだろうと常に考えています」と語る岩村社長。
自社と地域の発展を両輪でとらえ、ICTを存分に活かしていこうとする貪欲な姿勢が光る株式会社加治川の里。その異色の取り組みは、衰退を憂う地方都市にとって、光明となるに違いない。

事業概要

法人名

株式会社加治川の里

所在地

新潟県新発田市向中条2483-1

電話

0254-21-3460

設立

2004年7月29日

従業員数

205名(2022年7月1日現在)

事業内容

居宅介護支援、通所介護(デイサービス)、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)、特定施設入居者生活介護(介護付有料老人ホーム)、地域情報ポータルサイト運営(「まいぷれ新発田」

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