事例集

2024.01.19 06:00

民藝運動の精神を未来へとつなぐ公益財団法人。震災による被災を乗り越えられたのはSNSとICTの活用によって生まれた人と人とのつながり 濱田庄司記念益子参考館(栃木県)

民藝運動の精神を未来へとつなぐ公益財団法人。震災による被災を乗り越えられたのはSNSとICTの活用によって生まれた人と人とのつながり 濱田庄司記念益子参考館(栃木県)
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ICTの活用やデジタル化といえば、多くの場合人手不足に苦しむ介護現場や建設業などで活用されるイメージがあるが、文化活動にも今や欠かせないソリューションとなっている。とりわけ、美術・工芸の分野では作品の保管・管理・展示企画などに際し、膨大なコレクションの把握・管理が必須である。さらに、これらを見てもらうための情報発信も必要だ。

こうした業務を担う美術館は、創作者の作品群を保管してきた家族の手を離れ、公益財団法人として作品を管理するケースも数多い。時に作家本人が生前に運営団体を設立する場合もあるが、ない場合には作品が散逸するケースもあり、それは社会的損失にもつながりかねない。

今回の事例は、大正期に展開された生活文化運動「民藝運動」の一翼を担った陶芸家、濱田庄司(1894~1978年)が死の1年前に設立した公益財団法人濱田庄司記念益子参考館が舞台だ。同館は2011年に発生した東日本大震災で甚大な損害に見舞われたものの、その直後からICTを活用して現状を広く発信し、復興への足がかりとしてきた。その状況は、奇しくも濱田庄司が100年前に渡英した当時と酷似していた。(TOP写真:東日本大震災や経年劣化による文化財建築の土壁の崩壊を市民参加型ワークショップにより修復しているところ)

民藝運動の中心人物である陶芸家 濱田庄司が窯を構えて作陶活動を行い、多くの人に知られるようになった益子

濱田庄司は古民家を10棟以上も移築し、作陶活動の拠点や住まいとしていた。益子参考館の敷地内で公開されているこれらの古民家では茅ぶき屋根のふき替え作業が定期的に行われ、文化財として維持・管理がなされている。

濱田庄司は古民家を10棟以上も移築し、作陶活動の拠点や住まいとしていた。益子参考館の敷地内で公開されているこれらの古民家では茅ぶき屋根のふき替え作業が定期的に行われ、文化財として維持・管理がなされている。

益子といえば「陶芸の里」というキャッチフレーズを思い浮かべる人は多いだろう。陶芸に向く土を産出する益子では古代から作陶が行われ、江戸時代には黒羽藩の御用窯として繁栄。さらに近代に入ると土管や甕(かめ)、土瓶などの生活雑器を製造して首都圏に供給する産地だった。そんな益子に新しい価値を持ち込んだのが陶芸家の濱田庄司である。

時は大正時代。産業革命後の機械による大量生産・大量消費に異を唱えた美学家の柳宗悦や陶芸家の河井寛次郎、バーナード・リーチらとともに展開された民藝運動。濱田庄司は彼らと活動をともにした中心人物である。彼らは名もない職人たちが作る生活工芸の品々に健やかな美しさを見出し、日本各地に残る手仕事の品を蒐集(しゅうしゅう)するとともに展示会を開催、機関紙の発行などを行った。

濱田庄司は今から100年前にイギリスヘと渡り、セントアイヴスで陶芸家のバーナード・リーチとともに築窯。現地で作陶に励み、展示会も開催するなど精力的に活動した。ところが、イギリス滞在中に日本で関東大震災が発生。被害状況を知った濱田庄司は中途での帰国となった。帰国後は沖縄を経て益子に拠点を構え、作陶を開始することとなる。

「祖父は古民家に暮らし五右衛門風呂にも入る一方、新しいものも好きで、冷蔵庫やテレビといった電化製品や自動車なども早くから導入していました。欧州で過ごした経験から、日本の外の世界への目が開けていて、合理性も大切にする人でした」そう語るのは、濱田庄司の孫にあたり、現在「濱田庄司記念益子参考館」の館長を務める濱田友緒氏だ。濱田館長は陶芸家として作家活動を行う一方、濱田庄司の残した「濱田窯」の継承者として職人たちを束ねている。益子参考館のある敷地内にたたずむ長屋門や重厚な古民家は、かつて濱田庄司が仕事場や住まいとして使っていたもので、濱田館長も祖父とともに陶芸に親しんだ思い出の場所でもある。

濱田庄司が作品づくりの参考として蒐集した世界中の工芸品、これらを多くの人の創作に役立てるために設立された「益子参考館」

濱田庄司記念益子参考館の館長を務める陶芸家の濱田友緒氏(右)と公益財団法人における事務局の業務を取り仕切る妻の雅子さん

濱田庄司記念益子参考館の館長を務める陶芸家の濱田友緒氏(右)と公益財団法人における事務局の業務を取り仕切る妻の雅子さん

「濱田庄司記念益子参考館」がユニークな存在なのは、陶芸家である濱田庄司の作品展示空間ではないことだ。ここには濱田庄司がかつて作品作りの糧として蒐集した世界中の多様な工芸品が集められており、広く一般の人たちの参考にして欲しいとの願いから開かれた展示施設だ。濱田庄司が生前過ごした住まいの一部を開放して展示空間とすることによって、田舎暮らしの健やかさを尊び作品に反映した濱田庄司の作品世界が伝わってくる。

しかし、広大な敷地や古民家といった維持管理に費用と労力を要する建造物、そして蒐集した作品の管理は遺族に大きな負担がのしかかるのも事実だ。そこで、濱田庄司の残した工芸遺産を後世に生かし、かつ安定的に運営していくために財団法人を運営母体として設立することとなり、濱田庄司が亡くなる前年の1977年に益子参考館が開館した。初代館長は濱田庄司が務めた。

公益法人制度改革と東日本大震災の被災が同時期に到来。この時期は父母から運営をバトンタッチされた転換期だった

益子参考館敷地内にあった登り窯。東日本大震災直後の破損状況は壊滅的だった

益子参考館敷地内にあった登り窯。東日本大震災直後の破損状況は壊滅的だった

1978年、初代館長を務めた濱田庄司が亡くなると、息子の濱田晋作氏が館長の職を引き継いだ。濱田晋作氏は年に2、3回の展示替えのほかは特段イベントなどを行うこともなく、外部への情報発信もほとんど実施しなかった。「父は『わかる人にわかってもらえばいい』というスタンスで、多くの人に発信しようという発想はありませんでした。ホームページの更新もあまりしませんでしたし」と振り返る濱田友緒氏は、2000年ごろから妻の雅子さんとともに、益子参考館の運営業務を手伝ってきた。しかし、当時は父への遠慮もあって運営についての口出しは控えていたという。

益子参考館の運営における転機となったのは2008年12月に施行された公益法人制度改革だった。公益法人制度改革は、公益性を有し、非営利での活動を行う法人の設立や運営のしくみを抜本的に改める制度改革で、実に1898年以来の改革だった。公共性について一定の条件を満たせば税制の優遇措置も取られるなど、寄付税制の拡充によって民間の公益活動をより活発にする狙いもあった。

この制度改革により益子参考館は財団法人から公益財団法人へと移行することになった。移行期間は5年。これを機に、これまで事務局として報告書の作成などを手掛けていた濱田晋作館長の妻に変わり、2010年からは濱田友緒氏の妻、雅子さんが事務方の業務に従事した。そして2012年には濱田友緒氏が館長に就任した。

東日本大震災により損壊した後「益子参考館震災再建基金」によってよみがえった登り窯

東日本大震災により損壊した後「益子参考館震災再建基金」によってよみがえった登り窯

益子参考館の運営においてもうひとつ大きなインパクトを与えた出来事があった。それは、2011年に発生した東日本大震災である。震災では益子参考館の展示室をはじめ、登り窯が壊滅的に損壊した。一人ではどうすることもできないほど壊れた登り窯を目にした濱田友緒館長は、SNSを使って被災状況を発信。地元益子を中心に「益子参考館震災再建基金」が立ち上げられ、多くの人からの善意の支援を得てリニューアルオープンに向けて踏み出した。

窯や展示施設の被災状況などをSNSで発信して協力を募り、その後再建された窯を使った登り窯復活プロジェクトを実現。広報活動の充実により、新たなつながりも生まれていった

館内では定期的にお茶会やコンサート、勉強会などの催しを行っており、熱心に通う人も多い

館内では定期的にお茶会やコンサート、勉強会などの催しを行っており、熱心に通う人も多い

2012年に父の晋作氏から館長職を継承した濱田館長は雅子さんとともに広報活動に積極的に取り組んだ。地震によって壊滅的に壊れた登り窯の復活プロジェクトを皮切りに、館内でのお茶会やコンサート、勉強会など体験型イベントを中心にさまざまな企画を立案。チラシの配布をはじめ、フェイスブックやインスタグラムによってこれらの情報を発信し続けている。「ほぼ毎月イベントを開催しています。SNSで発信をすることで人とのつながりができ、新たな企画も生まれています」と話す濱田館長。SNSは若い世代のレスポンスが得られることから、ほぼ毎日更新をしているという。

複合機の導入により、報告書作成業務は従前の50分の1の労力に減少。いずれは無線LANを館内全域に拡大したい

複合機導入によりスキャニング作業も容易になり、作業効率が格段に向上した

複合機導入によりスキャニング作業も容易になり、作業効率が格段に向上した

「公益財団法人は報告書、予算・決算書、補助金の申請など、事務作業がかなり多いですね」と話す雅子さん。そのほかにも日常的な業務では取材対応も頻繁にある。こうした業務を濱田館長の母親は全て手書きで行っていたという。

雅子さんが事務局の業務を引き継いだのは2010年。その翌年の2011年には東日本大震災が発生し、SNSの利用が広がった時期でもある。益子参考館では益子町観光協会の勧めもあり、栃木県の事業で普及が進められた無線LANを導入。これまで手書きで作成していた報告書はデジタル機器による作成に転換した。さらに2011年には複合機を導入したことで作業性が格段に向上。従前の50分の1の所要時間で作業を終えられるまでになったという。「とにかく時間短縮につながりました。イベント告知やアンケートのとりまとめなどもサクサク進めることができるようになりましたし」と、雅子さんはICTの利便性に手応えを感じているようだ。

探している収蔵品がすぐ見つかり、埋もれた収蔵品を生かすためにも、紙のデジタル化によるデータベースが必要

開館初期に作成された収蔵品のデータは紙ベースでファイリングされている。これらをデジタルデータベース化して活用の幅を広げることも目指している

開館初期に作成された収蔵品のデータは紙ベースでファイリングされている。これらをデジタルデータベース化して活用の幅を広げることも目指している

数多くの収蔵品を管理する益子参考館には、昔作られた収蔵品のデータベースがある。それらは全て紙ベースのものであるため、現在スタッフが少しずつデジタルデータベース化の作業を進めているという。「やはり、探したいものがすぐに見つけられることが重要ですし、埋もれた収蔵品をもっと生かしたいという気持ちもありますね」と話す雅子さん。人気の品に展示が偏る状況も変えたいという。濱田館長も展示を通じて若い人にもっと濱田庄司の世界観を伝えたいという思いがある。「大切なのはモノを見て感じることです。ここに来ないと得られない体験があると思いますし、益子参考館はそんな場でありたいと願っています」

事務作業を共に担うスタッフ。報告書作成やメディア対応にはさまざまなデータが求められ、イベントの記録写真の管理も欠かせない

事務作業を共に担うスタッフ。報告書作成やメディア対応にはさまざまなデータが求められ、イベントの記録写真の管理も欠かせない

館長就任以来10年間に蓄積してきたデータの活用方法を今後の課題として掲げる濱田館長。収蔵品のデータのみならず、イベントに参加した顧客データやアンケートのデータ、画像データ等をクラウドなども用いて安全に管理し、必要な時にスムーズにピックアップできれば、新たな活動への展開も期待される。濱田館長は各地にある陶芸美術館との連携も目指しており、今後は「登り窯プロジェクト」のように参加型のプロジェクトを実施したいと構想を温めている。

民藝の精神を未来へと引き継ぐために、ICTを活用して多くの人とつながり合う益子参考館を目指す

「登り窯復活プロジェクト」に集まった人たちとの記念写真

「登り窯復活プロジェクト」に集まった人たちとの記念写真

無名の職人たちの健やかな手仕事を大切にしながらも、最先端の道具にも関心を寄せたという濱田庄司。彼がもし今生きていたならば、きっとスマートフォンやタブレットにも興味を示し、SNSで積極的に発信するなどICTのソリューションを使いこなしていたのではないだろうか。そう感じてしまうのは、まさに100年前と今の状況が似ているからだ。

濱田庄司がイギリスに渡った時期はスペイン風邪が大流行し、社会の枠組みの変化や暮らし方の変革が訪れた。そして現在、私たちは奇しくもコロナ禍を経て社会の変革期に立ち会っている。しかも、柳宗悦や濱田庄司らが説いた民藝の精神は今なお色あせず、サスティナブルな暮らしを目指す世界的な潮流とも合致する。だからこそ、最近若い世代の間でも「民藝」への関心が高まりを見せているのだろう。

自身の作品展示よりも、多くの人のために自らが参考とした世界中の工芸品を展示する空間を残した濱田庄司。彼は常に多くの人に囲まれ、職人たちに敬意を示していたという。そんな祖父の精神を譲り受けた濱田友緒館長も、今多くの人たちとともに民藝の精神を分かち合う活動に力を注ぐ。「健やかな暮らし」を現代に問いかける益子参考館の今後の活動におおいに期待したい。

企業概要

法人名

公益財団法人濱田庄司記念益子参考館

所在地

栃木県芳賀郡益子町益子3388

HP

https://mashiko-sankokan.net

電話

0285-72-5300

設立

1977年4月

従業員数

3人

事業内容

公益財団法人 濱田庄司記念 益子参考館の運営(収蔵品の保管・展示管理、文化発信事業の運営)

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