事例集

2021.02.15 06:00

人の温もりとデジタルの融合 新しい介護モデルを示す広島・江田島の社会福祉法人誠心福祉会(広島県)

人の温もりとデジタルの融合 新しい介護モデルを示す広島・江田島の社会福祉法人誠心福祉会(広島県)
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執筆者

フジサンケイビジネスアイ

産経新聞グループの日本工業新聞社が発行する日刊ビジネス情報紙。我が国経済の成長を盛り上げると同時に、経営者やビジネスパーソンの皆様に、ビジネスの成長に役立つ情報やヒントをお伝えしてまいります。


日本の高齢者人口は3577万人(2018年9月)と人口の約4分の1を占め、その割合は2030年には3分の1に高まると予測されている。その一方で、働き手は減少の一途をたどり、介護業界は慢性的な人手不足。現場では施設型から訪問型まで仕事内容の多様化も進み、それぞれの垣根を超えて情報を効果的に共有する必要にも迫られている。その解決策としてデジタルトランスフォーメーション(DX)を検討する社会福祉法人は多いが、先行事例はまだ多いとはいえない。

そのような状況の下、広島県の西部、風光明媚な瀬戸内海の島嶼部に位置する江田島市に、この2年で一気に介護現場でのDXを進めた社会福祉法人がある。「あたたかさとやさしさによる支援」を理念に、1972年に江田島ではじめて特別養護老人ホームを設立するなど地域の介護を支えてきた誠心福祉会だ。

広島・江田島の豊かな自然環境の中にある誠心福祉会

広島・江田島の豊かな自然環境の中にある誠心福祉会

ICT化への決意をトップが示すことが重要


誠心福祉会は、緑豊かな約1万5300平方メートルの敷地で、特別養護老人ホーム誠心園(100床)をはじめ、ショートスティ(20床)、デイサービスセンター(定員40人)、グループホーム(18人)のほか、居宅介護支援事業所、住宅型有料老人ホーム、地域包括支援センターの窓口となるブランチ事業の計7事業を展開し、10代後半から70代まで112人のスタッフが働いている。
法人全体のDXを進めた立役者が誠心園施設長を務める兼池麻子さんだ。兼池さんはケアマネージャーとして長年介護の現場で働いてきた経験から介護とICTの親和性に着目し、ICTを活用すれば、現場の課題となっている業務の効率化と情報の共有化が両立できると考えていた。
だが、人とのふれあいやかかわりを最優先することを大事にする介護の現場で働く人の中には、デジタル化を冷たいイメージでとらえる人がおり、パソコンやスマートフォンを扱いなれていないスタッフの中には、デジタル化でかえって仕事が煩雑になると抵抗感を示す人がいるのも事実だった。
「介護業界に限らず、新しい技術を導入する際に不安に思う人がいるのは当然です。ですから、リーダーとしてメリットが見えているからといって導入を急ぐのでなく段階を踏んで進めていくことを心掛けました」と兼池さんは振り返る。

どこの業界も同じだが、やはりトップの決断とトップからの意思表示が、最初に必要だ。
良ければやる、という事だと、やらなくてよい、という判断をする人も多く、足並みがそろわず成功しない。トップの不退転の決意が必要だ。
誠心福祉会では「ICTを活用して利用者サービスを充実させるという明確な意思表示を頂きました」(兼池さん)

DX化を推進した誠心園施設長を務める兼池麻子さん

DX化を推進した誠心園施設長を務める兼池麻子さん

最初のステップはタブレット端末への入力から


その思いを基本に、ファーストステップとして2018年から取り組んだのが、タブレット端末を活用した介護記録、勤怠記録のデジタル入力だった。まずはショートスティ、デイサービス、リハビリテーションの3つの業務で先行導入することにした。

介護対象者の食事や入浴、健康状態の記録を日誌に書き込む作業は介護の現場で働く人の大きな負担になっている。しかも手書きのため、文字に書き手の個性があるだけでなく記入漏れも発生する。用紙の量も膨大になり、保管場所の確保にも常に気を使わなくてはならなかった。また、報告内容が周知されるまでに一定の時間がかかるという課題もあった。

だが、デジタル入力に転換すれば介護対象者の健康記録を本部やほかのスタッフがリアルタイムで共有できるようになるだけでなく、日誌に記述する際はドラッグ&ドロップで素早く作業を済ませることができる。悩んでいた課題を解消する道筋を描くことができた。

大事なのは最初の段階だった。タブレット端末を使った介護記録や勤怠記録のデジタル入力については、それぞれの部署の主任、副主任、生活相談員と課題を共有し、部署ごとに目標を決めて段階的に導入を図っていった。特にデジタル機器に馴染みがない年配のスタッフへの対応には細心の注意を払ってもらったという。

最初は、入力作業を素早くできる人とできない人の作業効率の差が大きく、入力を代行する特定の人に作業の負担が集中することや、デジタル機器の操作にたけた若手が、年配のスタッフを指導する際に従来以上に気を遣わなければならないなど乗り越えなければならない課題もあったが、現場ごとにタブレット端末を使いながらスタッフが互いに教え合っているうちに、最初は不得手だった人も半年もたてば習得することができたという。

「まずは効果を実感してもらうことが先決と考えました。業務を効率化して負担を軽減することでその分サービスを充実させることができますし、デジタル慣れすることでこれまでの業務にいかに手間がかかっていたかを実感してもらえれば逆に後戻りできなくなると踏んでいました」(兼池さん)

コロナ禍のピンチを機に2年前倒しで進んだDX


ファーストステップは、まずまずの成果があがったが、デジタル入力をしていない部署では記録を紙に書き込む作業が継続しており、無線ネットワークも法人の施設全体をカバーできていない状況だった。

オンラインで会議を行う誠心福祉会のスタッフ

オンラインで会議を行う誠心福祉会のスタッフ


法人全体へのICTの拡大をセカンドステップの目標に見据える中で、ひとつひとつの具体的な課題に対応する形で、ICTのシステムを総合的に提案してくれたのがリコージャパンの担当者だったという。
「オンラインの面会システムを構築するにはどうすればいいか、ネットで会議をどうすれば開催できるかといった具体的な相談に対してしっかりとしたソリューションを提案していただけたので本当に助かりました」と兼池さんは振り返る。

さらに2020年初頭から猛威をふるい始めた新型コロナウィルスの感染拡大によって、感染防止徹底のためのICT導入が喫緊の課題になったこともセカンドステップの推進を後押ししてくれた。
「コロナ禍は大きなピンチでしたが、いずれは進めていかなくてはならないDXを2年から3年ほど前倒しで進めるチャンスになったと思います」と話す兼池さん。コロナ禍が発生する以前から先を見据えて準備していたことが功を奏したといえる。

無線LANネットワークの拡充、オンライン面会システムの拡大、介護記録システムの拡充、勤怠記録システムと連動したタイムレコーダーの拡充など2020年は一気にデジタル化が進んだ1年になった。

オンライン面会による新しいふれあいが、入居者の元気の素に


コロナ禍で外部からの特別養護老人ホームへの訪問を制限しなければならない中で、入居者と家族に喜ばれたのが、各個室からのオンライン面会の実現だった。それまでは共用スペースでオンライン面会を行える場所を設けていたがプライバシーの問題もあり、使い勝手が良いサービスになっていなかった。

基本的には平日の午前10時から午後4時の間、事前予約制で15分をめどにスタッフがサポートしながら入居者にサービスを利用してもらっている。週に1回のペースでオンライン面会を行う入居者もおり、家族と一緒に歌を歌ったり、クイズをしたり、それぞれ工夫しながら面会を楽しんでいるという。

「お年寄りにとって家族との触れ合いは何にも勝る元気の源です。どれだけ離れて暮らしていても、頻繁にコミュニケーションを取ることができるのは、オンライン面会ならではのメリットです。うまく活用することで認知症の予防や改善にも効果が期待できるのではないでしょうか」と兼池さんはオンライン面会のさらなる活用に目を向ける。

オンラインでの会話を楽しむお年寄り(実際には家族の方が鮮明に映っています)

オンラインでの会話を楽しむお年寄り(実際には家族の方が鮮明に映っています)

働き方改革への活用とこれからの展開-業界とエリアの枠を越えて


ICTが働き方改革に果たす効果の大きさも実感している。7つの事業の代表者が集まって毎週金曜日に開催している全体会議も新型コロナの感染防止の観点から11月からは原則オンラインで開催している。12月からは、勤怠管理システムとタイムレコーダーとの連動も開始した。ケアマネージャーのケアカンファレンスや事業所外でも記録を入力できるデジタル環境を整えることができたので、今後はテレワークも積極的に進めていきたいという。

今後、コロナ禍が落ち着いたときにベトナムからの介護実習生の受け入れを計画しているが言葉の壁を越えたコミュニケーションにもICTは効果を発揮しそうだ。農業と福祉の連携をはじめ業界の枠を超えて地域のネットワークを強化し、瀬戸内海の自然の素晴らしさやその中で介護の仕事に携わる魅力を発信できないかとも考えている。

「ICTにはさまざまな活用方法があると考えています。都会に行かなくても、世界とつながってクリエイティブな仕事ができるようになってきたことは地方が若い人を呼び込む大きなチャンスになるのではないでしょうか。地域のために互いにプラスになる働きかけをしていけたらと思っています」と兼池さんは更なるICTの活用を見据える。

導入を性急に行うのではなく、現場とのコンセンサスを重視して段階的に行い、現場に効果を実感してもらった上で機を見て一気に拡大を図る。誠心福祉会のDXのプロセスは、新技術を導入する際のロールモデルの一つといえる。デジタルと人の温もりが融合する新しい介護の形が、その先には浮かんでいる。

概要

会社名

社会福祉法人誠心福祉会

本社

広島県江田島市江田島町宮ノ原3-20-1

電話番号

0823-42-0505

設立

1972年5月

従業員数

112人

事業内容

介護福祉業(特別養護老人ホーム、ショートスティ、デイサービスセンター、グループホーム、居宅介護支援事業所、住宅型有料老人ホームなど)

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